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 自由法曹団北海道支部は、故安倍晋三国葬儀の実施に際し、裁判所が弔意を示すことがあれば、思想信条の自由を害するとともに、裁判所の政治的中立性を害し、市民の司法に対する信頼を根底から揺るがすことになりかねないと考え、札幌高等裁判所に故安倍晋三国葬儀について、弔意を表明しないことを求める要請書を提出しました。
 以下に、全文を掲載します。

 札幌高等裁判所長官
 白  石  史  子  殿

 政府は、明日9月27日、故安倍晋三国葬儀を実施するとしています。
 これに併せて、政府は、各省庁に弔意を示すための半旗掲揚と職員の黙祷を求めています。
 また、鈴木直道北海道知事は、本庁及び各振興局において半旗の掲揚を指示しています。
 現時点において、政府から最高裁判所に対して、弔意を示すことを要請したとの情報には接しておりません。
 しかし、2020年に、故中曽根康弘元内閣総理大臣の内閣・自由民主党合同葬儀が実施された際には、全国各地の裁判所において弔意を示すよう、最高裁判所に協力を依頼し、最高裁判所事務総局から各地の下級裁判所に対し、この依頼内容を通知したとの事実がありました。この際の弔意とは、具体的には弔旗の掲揚と黙祷ということでした。
 私たち自由法曹団北海道支部は、今回の故安倍晋三国葬儀において、最高裁判所をはじめ裁判所が弔意を示すことはないものと信じておりますが、もし、仮に何らかの弔意を示すことがあれば、二つの意味で思想信条の自由を害するとともに、裁判所の政治的中立性を害し、ひいては市民の司法に対する信頼を根底から揺るがすことになりかねないと考えます。
 そこで、私たちは、御庁及びその管轄下の各下級裁判所において、故安倍晋三国葬儀に関連して何らの弔意を示すことのないよう、御庁に対して厳重に申し入れを行うものです。

 第一に、誰に対して弔意を示すかどうかは、各人に委ねられるべきものであり、誰かの依頼によってなすべきものではありません。弔旗の掲揚にとどまらず、黙祷という形で御庁構成員に対し弔意の表明を求めることは、御庁が御庁の構成員に対して、弔意の強制を行うことに他ならず、思想信条の自由を侵害することに他なりません。
 第二に、弔意を示すよう依頼された葬儀が、国の儀式としての国葬儀であるという点です。これまでも、天皇や皇族の死去に伴う葬儀などで御庁も弔意を示されたことがあります。これについても、第一の懸念を払拭できないものではありますが、今般の葬儀は、何ら法的根拠のない国葬儀です。総理大臣経験者とはいえ一個人に対するものであり、国民の賛否は二分され、むしろ実施反対の意見表明が多い状況にあります。このような中で政府と歩調を合わせて弔意を示すということは、特定の政党(今回でいえば自民党)と歩調を合わせて弔意を示すということになります。御庁の構成員のなかには自民党支持者もいるでしょうが、他党を支持するものもいるでしょうし、政治的信条を明らかにすることを望まない人もいるでしょう。そのような人たちをも代表して御庁が弔意すなわち黙祷を要請することは、構成員の政治的信条を害することになり、やはり思想信条の自由を害します。

 加えて、御庁が弔意を示すことの弊害はそれだけに止まらず、裁判所の政治的中立性を害し、市民の司法に対する信頼を揺るがせます。
 ご承知の通り、裁判所では、私人間の権利義務に関する争いのみならず、国家権力による私人の権利侵害についても各種の行政訴訟で争われています。自由法曹団北海道支部の弁護士が関与するものだけを挙げても、生活保護基準切り下げを争う「新・人間裁判」、年金支給基準の切り下げを争う「年金裁判」、憲法9条に違反した自衛隊海外派遣を争う「南スーダンPKO派遣差止訴訟」、優生思想に基づく強制不妊手術を争う「優生保護法違憲訴訟」、安保法制違憲訴訟、道警ヤジ排除国賠訴訟、さらには労災不認定を争う取消訴訟など、政府や行政を相手にする訴訟は枚挙に暇がありません。これらは、行政機関の違法行為を行政府から独立した司法府である裁判所において、あるべき法の解釈と適用を求めて争っているものです。
 この種の訴訟では、行政判断に追随するような判決も多いとの批判があるところです。しかし、それでもなお市民が裁判所による救済に希望を見出し、現にこれだけ多くの訴訟が提起されているのは、少なくとも憲法及び法律と裁判官の良心によってのみ行われる裁判は、行政の不当な圧力には屈せず政治的中立性を保持して行われているはずだという、市民の司法に対する信頼があるからにほかなりません。
しかしながら、今回の国葬儀に対して、御庁が弔意を示す、すなわち弔旗を掲揚し黙祷を構成員に要請するとなれば、御庁の構成員たる裁判官は少なくとも政府や政権与党に同調しているもの、すなわち裁判所が政治的に中立ではないことを示すことにもなり、裁判所の「政治的中立性や公正性を前提とする市民の司法に対する信頼を根底から揺らがせることになります。その影響は、単に一時的なものに止まらず、現在および将来の市民の司法に対する不信感につながりかねません。

 私たちは、法の支配と市民の人権擁護の観点から、最高裁判所に対する政府の依頼とそれに基づく最高裁判所事務総局からの通知がなされた場合、これに強く抗議するとともに、それが実施された場合に司法に対する市民の信頼が根底から揺らぐことを強く憂慮します。
 以上のとおり、自由法曹団北海道支部は、御庁が、御庁及び管轄下の下級裁判所において、政府の依頼に基づく弔意の表明をしないよう、厳重に申し入れます。

2022年 9月26日
               自由法曹団北海道支部長  佐 藤 博 文

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