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 9月2日、道内の法律家3団体の連名で「安倍晋三元首相の国葬に反対し、撤回を求める声明」を発出し、司法記者クラブで記者会見をしました。

 当ホームページでも全文を公開します。

  《安倍晋三元首相の国葬に反対し、撤回を求める声明》               


 政府は、2022年7月22日、閣議決定をもって、同年9月27日に東京都千代田区の日本武道館において、安倍晋三元首相(以下「安倍氏」という。)の国葬を執り行うと発表した。岸田首相が葬儀委員長を務め、これに掛かる経費はすべて本年度の国費たる予備費から支出するとしている。


 そもそも国葬は、明治憲法下では、天皇の勅令である「国葬令」に基づいて行なわれ、皇族の葬儀のほか、「國家ニ偉勳アル者」に対し、天皇が「特旨」(特別な『思し召し』)により「賜フ」ことも行なわれた。
 この「特旨国葬」は、国民に喪に服することを義務付け、戦前・戦中には、東郷平八郎(元帥・海軍大将)や山本五十六(元帥・陸軍大将・連合艦隊司令長官)など陸軍大将7人、海軍大将3人、大韓帝国皇帝2人など20人が対象になっている。
 このように、国葬令は、天皇主権に基づき、その実際の機能として日本の軍国主義、侵略戦争遂行の一端を担ってきたものである。
 そのため、国葬令は、日本国憲法の施行(1947年5月3日)に伴い、憲法に不適合なものとして、失効した。
 従って、日本国憲法の下では、国葬を行なう要件についても、その経費を国費から支出することについても、法的根拠はなく、このような行政権の発動は「法律による行政」の原理に反し認められない。


 これに対して、岸田内閣は、国葬の法的根拠について、内閣府設置法(1999年制定)第4条3項33号「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること」)で内閣府の所掌事務とされている「国の儀式」として閣議決定をすれば実施可能とする見解を示している。
 しかし、内閣府設置法は内閣府の行う所掌事務を定めた組織法にすぎず、国葬を実施する権限や要件を定めたものではない。
また、「国の儀式」に「国葬」が含まれるとする解釈も、内閣の助言と承認による天皇の国事行為である「儀式」(憲法第7条10号。皇室典範に具体的規定がある。)との関係を考えると、整合性を欠き牽強付会というほかない。
 過去の国葬についても、1967年に吉田茂元首相の国葬が実施された際、翌年の国会答弁で当時の大蔵大臣が「法的根拠はない」と答弁している。1975年の佐藤榮作元首相の国葬の実施が検討されたときも、「法的根拠が明確でない」とする当時の内閣法制局の見解等によって見送られている。
 また、政府は、安倍氏の国葬を参列者6000人規模で実施し、予備費から約2億5000万円支出すると閣議決定した。しかし、予備費は、不測の事態に充てるものではあっても、法律に根拠のないことに使うことはできない。
 以上のとおり、安倍氏の国葬の実施は、「法律による行政」という法治国家の基本原理に反するものである。


 政府は、今回の安倍氏の国葬においては、国民に対し弔意の表明や黙祷は求めないと説明する。
しかし、文科省は従前より首相経験者の葬儀時に教育機関に「国旗掲揚」を求める通知を出してきている。本年7月12日に行われた安倍氏の葬儀の際にも、東京都教育委員会は教育現場に半旗掲揚を求め、道内でも帯広市教育委員会が市内の全小中学校に半旗掲揚を要請していたことが判明している。
 このような実態を踏まえると、国民に対して直接強制するものでなくとも、有形無形の同調圧力を働かせて、事実上強制されることが強く懸念される。
 しかも、岸田首相は、7月14日の記者会見で「安倍元総理を追悼」すると述べている。「追悼」とは、死者の生前をしのんで悲しみにひたることであり、個人の内面的な心情に深く関わるとともに、安倍氏の政治家としての評価と不可分であるため個人の思想信条にも深く関わる。
 このようにすぐれて個人の内心に関わる問題について、政府は、国民に同調を求めるようなことをしてはならない。
 以上のとおり、国葬の実施は、特定の個人に対する弔意あるいは追悼の意を、国民に事実上強制する契機をはらんでおり、憲法第19条が保障する思想・良心の自由に抵触すると言わざるをえない。


 政府は、安倍氏を国葬とする理由について、「歴代最長の期間、総理大臣の重責を担い、内政・外交で大きな実績を残した」としている。
 しかし、安倍氏が内閣総理大臣の時に行った政策等には、国民の強い批判がある。第1次安倍政権(2006〜2007年)では、教育基本法の改悪、改憲手続法の制定等が強行された。第2次安倍政権(2012〜2020年)では、生活保護基準の引下げ、労働者派遣法の改悪、労働時間規制を緩める労働基準法等の改悪、特定秘密保護法の制定、共謀罪の創設、集団的自衛権行使を容認する閣議決定、戦争法(安全保障関連法制)の制定など、憲法が定める基本的人権を侵害するような法令の制定・改正を次々と行った。
 また、安倍氏は「モリ・カケ・サクラ」と言われた数々の政治の私物化にかかわる疑惑の中心であったが、国会で虚偽の答弁を繰り返し、行政文書の改ざんによって公務員に自殺者を生み出すまでの事態に至った。これらは、国会の最高機関性(憲法第41条)・議会制民主主義を蔑ろにするものであった。
 さらには、安倍氏の死後に、反社会的組織である旧統一協会との親密な関係が明らかになり、その追及と解明は始まったばかりである。
 このように、安倍氏が行った政策等については、これを批判し、否定的に捉える声が数多く存在するにもかかわらず、政府が「安倍氏の大きな実績」を理由として国葬を行うことは、特定の政治家についての一面的な政治的見解、評価を市民に押し付け、あるいはこれを美化するものであり、法の下の平等(憲法第14条)及び民主主義の理念に反するものである。


 以上に述べたように、安倍氏の国葬の実施は、法律的な根拠を欠くばかりでなく、憲法の基本理念を揺るがす重大な問題が存する。
 従って、我々北海道内の法律家3団体は、政府に対して、安倍氏の国葬の実施に反対し、その撤回を求めるものである。


2022年9月2日
      青年法律家協会北海道支部 支部長  田 中 貴 文
      日本労働弁護団北海道ブロック 代表  伊 藤 誠 一
      自由法曹団北海道支部 支部長  佐 藤 博 文

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