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 自衛官の人権弁護団の代表をしている佐藤博文です。

 陸自女性隊員への性暴力事件が大きな社会問題になるや、9月6日防衛省は特別防衛監察を実施すると発表し、電光石火、10月17日加害者が直接謝罪して、「一件落着」が図られました。
しかし、私は、自衛隊のしたたかな「印象操作」の戦略を感じます。
 自衛隊は、ウクライナ・ロシア戦争と「台湾有事」によって、創設以来最高の「追い風」にあり、敵基地攻撃能力の保有、防衛予算2倍化を目指しています。そのような中で、今回の事件が致命的な政治問題になりかねない深刻な事件だと察知して、加害者の「個人責任」に収斂させて終わらせたと言えます。
 新聞やテレビからの取材対応を通じて、問題を整理してみましたので、少し長くなりますが、お読み頂ければ幸いです。

【事件の概要】

 陸上自衛隊東北方面隊に所属していた女性自衛官の五ノ井里奈さんが、部隊で受けた性暴力について、本年6月に退職して7月に実名で告発した。その内容がインターネットやマスコミで報道され、社会に衝撃が走った。
 まずは、彼女が受けた性暴力を、告発事実から確認しておきたい。
 「自衛隊に入隊してからセクハラは日常的に受けていましたが、私が告発を決意したのは、2021年8月3日に起きた性被害でした。訓練場所の宿舎で、先輩の男性隊員3名が、かわるがわる私の首をキメて押し倒し、私の股を広げ、陰部に性器を何度も押し当てるようにして、腰を振ってきたのです。その様子を見ていた男性隊員は他にも十数名いたのにも関わらず、止めてくれる隊員はおらず、笑ってみている状態でした。
 私の被害申告を受けて、自衛隊の総務・人事課にあたる1課が取り調べをしましたが、目撃していた男性隊員は、誰も証言してくれませんでした。このままではいけないと思った私は、自衛隊内での犯罪捜査を専門とする警務隊に被害届を出し、取り調べをしてもらった結果、強制わいせつ罪で検察庁に書類送検になりました。検察官の取り調べでは、「五ノ井さんの証言は真実なものだと思うけど、20人が見ていない、やっていないと言ったら難しくなってくる」と言われました。そして、2022年5月31日不起訴という結果が出ました。」

【暴力性・犯罪性】

 自衛隊内のセクハラは、巷間で言う「セクハラ」とは違い、暴力性と犯罪性に特徴がある。彼女が「入隊してからセクハラは日常的に受けていました」と言うように、2020年4月の入隊時から「洗礼」を受けていたが、それが部隊内で問題にされることはなく、彼女も問題にしたことがなかった。
彼女は、2021年8月3日の性暴力を契機に、訓練の責任者である中隊長に訴えた。しかし、実は、同じ性暴力を6月24日に同じ山中の訓練中にテントの中で振るわれていたが、このときはまだ上官に訴えることをしていない。
 彼女の勇気ある告発に共感の輪が広がったが、そのような彼女をして、部隊のセクハラを告発するハードルは、それほど高いものだった。このハードルの前に、精神を病んだり自殺する隊員がいかに多いか、想像に難くない。

【集団性と組織的隠蔽】

 彼女に対する性暴力は、中隊の山中での訓練中に起き、約50人の隊員が参加していた。この中隊において、彼女への性暴力行為を見ていた男性隊員は加害隊員の他に十数名おり、止める隊員はおらず笑ってみている状態だったという。特別防衛監察は、同僚の女性隊員も被害に遭っていたと公表した。
 深刻なのは、部隊の調べに対して「目撃していた男性隊員は誰も証言してくれない」ことだが、実はこれも自衛隊における性暴力の特徴である。
 第1に、軍隊では「精強さ」が求められ、それが「男性性」と結びつき、「軍事文化」を形成していることである。従って、ハラスメントは女性だけでなく(弱い)男性にも向けられる。市民社会の常識の空洞地帯なのである。
 第2に、集団性である。彼女の性暴力事件を初めて知った時、私は、幹部や先輩隊員が自分より下の隊員を使った「度胸試し」「悪ふざけ」の可能性があると思った。すなわち、加害者の「私行上の非行」ではなく、中隊ぐるみの「集団犯罪」の可能性があることである。

【防衛省の対応】

 彼女は、昨年9月18日に警務隊に強制わいせつ罪として被害届を提出したが、福島地検は今年5月31日不起訴処分にした。警務隊は自衛隊内の治安組織であり部隊の方針に反することはせず、検察は警務隊に丸投げなので、予想された結果である。
 これに対し、彼女は検察審査会に申し立て、7月からインターネットを通じて実名で社会に訴えた。「第三者機関」の設置による調査と加害者の処罰を求め、「自衛隊内におけるハラスメントの経験に関するアンケート」を呼びかけたのは、前述した経緯から的を得たものだった。
 オンライン署名は10万筆以上集まり、アンケートには146人の回答が寄せられ、8月31日に防衛省に提出すると、防衛省は9月6日、全隊員を対象にハラスメントに関する特別防衛監察を行なうと発表した。
 9月27日、防衛省は、彼女に対する性暴力の事実を認めて謝罪し、10月17日、加害者4人が彼女に直接謝罪した。

【問題の本質と今後の課題】

 ところで、防衛省が、南スーダンPKO派遣の日報隠蔽以来となる特別防衛監察に踏み切った理由は何か。それは、内閣官房や国会に介入させず(前回は国会の追及、大臣や幹部の更迭に発展)省内で片づけるためと考えられる。
 すなわち、防衛省は、全隊員を対象に行なうと大風呂敷を広げたが、実際は隊員の申告に基づくので、上命下服の組織で加害者が上司であるケースが多いため申し出る者はほとんどいないと折り込み済みである。こうして、事実上彼女の案件の早期決着を図り、組織ぐるみの犯行であり、組織ぐるみで隠蔽したことが表に出ず、致命的な政治問題にならないようにしたと考えられる。
 そこで、自衛官の人権弁護団は、そうさせないために、9月13日、「自衛隊ハラスメント特別防衛監察に対する要請書ー自衛隊員や家族からの相談や裁判などに基づいて」を防衛大臣宛に提出し、報道機関にも送り、自衛隊内ハラスメントの実態と解決方向を示した。
 10月17日の加害者4人の謝罪で一応の決着がついたが、集団犯罪性(他にも幇助など共犯者が多数いる)、幹部責任(厳格な懲戒処分)の追及はまだこれからである。

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