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目次

 弁護士の笹森学です。
 袴田事件の判決が9月26日に迫って来ました。その話題とともに「再審法改正」が声高に叫ばれています。今回はその意味について説明したいと思います。

1 再審制度の現状

 再審は確定した裁判をやり直すことです。再審を開くためには、まず「再審請求」をして再審開始決定を受けて、それが確定して初めて「再審公判」が開かれます。再審請求は、いわば再審公判への入場券をもらうための手続ですが、これに気が遠くなるような時間がかかるのです。

(1) 死刑冤罪4大事件

 日本では死刑事件で無罪になった事件が4件あります。「死刑冤罪4大事件」と呼ばれています。免田、財田川、松山、島田事件です。その当事者である免田さん、谷口さん、斎藤さん、赤堀さんが逮捕されてから再審公判で無罪となって釈放されるのに、それぞれ34年6か月、33年9か月、28年7か月、34年8か月もかかりました。この大きな原因は再審請求の規定が全く不完全なことにあります。4大事件では再審公判が始まって再審無罪判決が言い渡されるまで、それぞれ2年7か月、3年、1年6か月、1年10か月で済んでいるからです。

(2) 再審の規定

 再審の規定は刑事訴訟法という法律で定められおり、「再審法」という特別の法律がある訳ではありません。再審に関する部分を「再審法」と呼んでいるに過ぎません。しかし、刑事訴訟法は全部で516条もあるのに、再審の規定はたった19条しかありません。市民の感覚を取り入れた裁判員裁判が導入された2009年の刑事訴訟法大改正の際に、今後は冤罪が減ると考えられたため、再審の部分は「また後でね」と先送りにされたからです。再審の規定は戦後の大改正の際にも手つかずのままで、現行法は大正時代の規定を「有罪の言渡しを受けた者の利益のために、これをすることができる」と変えただけで(これを「利益再審」と言います。)そのまま使われているのです。

2 再審法の問題点とその改正

 それでは再審法の何が問題で、どんな改正が求められているのでしょうか?

(1) 再審制度の機能不全

 まず第1は、「利益再審」しかない再審制度が機能不全に陥っていることです。
 利益再審とは、有罪を求める再審は許されず「冤罪者救済」だけを目的とした制度になったということです。「無辜の不処罰」の理念を体現したものです。
 ところが、再審のやり方を定めた規定は、受命裁判官、受託裁判官に事実の取調べをさせることができると定めた445条のたった1か条しかないのです。いつ、どこで、何を、どうするのかという規定が全くないのです。そうすると再審の請求を受けた裁判所の腹一つ(裁量)に任されていることになります。そして裁判所は、三審制のもとで3回も裁判をやって確定した判決が間違っている筈がないと考えやすいのです。「疑わしきは確定判決の利益に」と皮肉られる所以です。
 冤罪事件の殆ど全ては、「証拠開示」(検察官が確定審で提出しなかった証拠を出すこと)によって提出された裁判不提出記録が大きな証拠となって無罪となります(袴田事件でもズボンの<サイズ>を示すとされた証拠は実は<色>を示すものだったという証拠が開示されました。確定控訴審が「履けないズボン」で下した死刑判決が誤判だったことが証明されたのです)。
裁判員裁判では証拠開示の規定が整備されていますが、再審請求ではその決まりがないため裁判所の裁量に任されているに過ぎません。そのため、証拠開示が恣意的なものとなり、事件によって「再審格差」が生まれる原因となっているのです。これは法の下の平等(憲法14条)や適正手続の保障(同31条)に違反しています。
 さらに、検察官を当事者と認めていることが最大の問題です。刑事訴訟規則286条では、再審請求審では「相手方の意見」を聴くと規定されており、この相手方は検察官とされているからです。しかも再審開始決定に対しても抗告(異議申立)ができる(法450条)と定められていることと相俟って、これが検察官の抵抗を招き、再審請求審を長期化させる元凶となっているのです。
 検察官は再審公判で一から有罪立証ができるのですから、このシステムは不合理というほかはありません。

(2) 死刑制度と再審

 第2は、「死刑制度」との調整が図られていないことです。先進国の中でも我が国は死刑制度を存置させています。冤罪者を死刑執行すれば取り返しがつかないことは誰でも分かることです。
 しかも「再審請求は刑の執行を停止する効力を有しない」(法442条)とされており、死刑の執行を停止できるのは裁判所が再審開始決定を出した時に「停止することができる」とされているだけです(法448条2項)。法律上は再審請求中でも死刑を執行できるのです。自分一人で再審請求をしていたが死刑を執行された人は何人もいます(但し検察官は停止できることになっています。しかし義務ではありません)。袴田さんが死刑を執行されなかったのは「事実上」執行を差し控えられていたに過ぎないのです。この448条2項を使って再審開始決定で死刑の執行を停止したのが、我が国刑事裁判史上、袴田事件が初めてです。
 「推定無罪」で著明なスコット・トゥローというアメリカの作家は元検事補ですが、「極刑」(岩波書店)という著作の中でこういう問いを立てています。
 「無実の者や死刑に値しない者に刑を科してしまうことなく、非常に まれな死刑にふさわしいケースを適正に取り扱う司法制度を構築することが可能であろうか」
 そして、「可能とは思えない」(誤判は避けられない)として死刑は廃止すべきだと結論づけています。
 この意見に従えば、少なくとも再審請求中に死刑の執行を許してはならないのです。

3 最低限の法改正

 再審法改正には様々な意見があります。日弁連も提言をまとめていますが、何を重点とするかによって温度差があります。国会議員や法務省、最高裁などによっても立場は異なります。ですから、再審法改正はおそらく簡単ではないのです。
 私は早期に再審法改正を実現するためには最低限の法改正にとどめるべきだと思っています。
 ここまでお読みになった皆さんはお分かりになると思いますが、最もシンプルには、
(1) 検察官の当事者性を否定する。
   抗告権をはく奪する(法450条から再審開始決定を削除する)
   検察官に裁判所への協力義務を負わせる(規則286条の改正)
(2) 証拠開示の義務化(法445条の改正)
(3) 再審請求があれば自動的に死刑の執行を停止する(法442条の改正)

4 最後に

 袴田巖さんへの無罪判決が再審法改正への起爆剤になることを願ってやみません。 

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