弁護士の小野寺信勝です。
元朝日新聞記者で、北星学園大学非常勤講師の植村隆さんの名誉毀損訴訟をご紹介します。
1 はじめに
2015年2月10日、朝日新聞元記者で北星学園大学非常勤講師の植村隆さんを原告として、ジャーナリストの櫻井よしこ氏、週刊新潮や週刊ダイヤモンド、雑誌WiLLを発行する出版社らに対して、名誉毀損を理由として謝罪広告の掲載や損害賠償の支払いを求める訴訟を札幌地裁に起こしました。
2 植村隆さんに対する誹謗中傷
植村さんは、1991年8月11日付朝日新聞大阪本社版社会面に、はじめていわゆる従軍慰安婦として名乗り出た金学順さんの署名記事を書きました。その記事は「『女子挺身隊(ていしんたい)』の名で戦場に連行」というものでした。植村さんはこの24年も前の記事を巡り「捏造記者」という汚名を着せられ、激しい誹謗中傷に晒されています。
植村批判は、勤労動員する「女子挺身隊」と無関係の従軍慰安婦とを意図的に混同させ、日本が強制連行したかのような記事にしたなどというものです。
しかし、植村さんが記事を書いた当時、韓国では「挺身隊」という言葉は「慰安婦」を意味し、日本のメディアにおいても踏襲されていました。朝日新聞だけでなく、読売新聞、産経新聞などの他紙も慰安婦のことを「挺身隊」と表記していました。このように植村批判は全くの的外れであり、慰安婦問題にとって全く本質的な批判ではありません。朝日新聞の2014年8月5日の検証記事でも植村さんの記事に「意図的な事実のねじ曲げなどありません」と結論付けられました。
ところが、植村さんへの誹謗中傷は止むどころか、日ごとに高まるばかりでした。北星学園大学にはいやがらせ電話や手紙が寄せられ、「あの元朝日(チョウニチ)新聞記者=捏造朝日記者の植村隆を講師として雇っているそうだな。売国奴、国賊の。植村の居場所を突き止めて、なぶり殺しにしてやる。すぐに辞めさせろ。やらないのであれば、天誅として学生を痛めつけてやる」などの脅迫文も多く届いています。さらに、脅迫は植村さんの家族にまで及んでいます。インターネットには娘さんの写真が晒され、コメントには「こいつの父親のせいでどれだけの日本人が苦労したことか。親父が超絶反日活動で何も稼いだで(原文ママ)贅沢三昧で育ったのだろう。自殺するまで追い込むしかない」「なんだまるで朝鮮人だな。ハーフだから当たり前か。さすが売国奴の娘にふさわしい朝鮮顔だ」などと極めて下品な書き込みが溢れています。
3 櫻井よしこ氏による憎悪の扇動
ジャーナリストの櫻井よしこ氏は、植村さんや家族、北星学園大学が、このように脅迫や暴力の恐怖に晒されていることを知りながら、雑誌やインターネット上で植村さんの記事が「捏造」であると誹謗中傷を繰り返し、さらに教員の適格性がないと人格非難まで続けています。
たとえば、「若い少女たちが強制連行されたという報告の基となったのが「朝日新聞」の植村隆記者の捏造記事である」「こんな人物に、はたして学生を教える資格があるのか、と。一体、誰がこんな人物の授業を受けたいだろうか」というように。
それどころか「植村氏を教壇に立たせて学生に教えさせることが大学教育のあるべき姿なのか、と北星学園大学にも問いたい」と、北星学園大学を中傷する発言さえあります。
ジャーナリストであるならば、植村さんの言論活動が暴力により否定されそうな事態に対して、立場を超えて脅迫者らを非難すべきです。ところが、櫻井氏は「社会の怒りを掻き立て、暴力的言辞を惹起しているものがあるとすれば、それは、朝日や植村氏の姿勢ではないでしょうか」などと、あたかも暴力行為を正当化するかのような言説まで振りまいています。
櫻井氏の社会的影響力に照らせば、その言動が植村さんに向けられた憎悪を煽るものだと言うことができると思います。私たちは提訴前に櫻井氏に対して記事の訂正と謝罪を求めましたが、櫻井氏はそれを拒否したため、名誉回復のためにやむを得ず訴訟を提起することになりました。
4 移送決定
このような経緯から、私たちは、札幌地方裁判所に名誉毀損訴訟を起こしましたが、札幌地方裁判所は、被告らの移送申立てを受けて、東京地裁に移送する決定をしました。その理由は、被告らの関係者は東京周辺に在住していることや被告らが札幌に出廷する期日調整が困難であるといった技術的理由から、東京地裁に移送を決定しました。
しかし、非常勤講師である植村さんと著名なジャーナリストや出版社の経済格差は明らかです。しかも、植村さんは名誉毀損の被害者であり、その名誉毀損によって職を失った方です。それにも関わらず、植村さんと弁護団に毎回、東京に出廷を求めることは極めて不公平です。また、移送決定は、マスメディアによる一市民に対する名誉毀損事件を事実上東京地裁の専属管轄とする結果を招く先例となる無謀かつ極めて不当な決定です。
植村さんの被害の実態を十分に審理するためには、裁判は地元である札幌地裁で行うことが必要ですし、最もふさわしいと考えられます。そこで、私たちは札幌高等裁判所に抗告し、現在、審理されています。
5 植村事件は「自由」を守る闘い
この裁判は、札幌の弁護士を中心に107名もの弁護士が代理人となっています。
植村さんの名誉を回復するためであることは言うまでもありません。慰安婦問題をなきものにしたい者たちによって「捏造記者」のレッテルを貼られ、過去の言動をなきものにされようとしている言論の自由、脅迫や圧力等による大学の人事介入や大学の自治、学問の自由の危機。こうした自由の危機的状況を象徴する事件だと考えているからです。
植村訴訟は、私たちは札幌地裁での審理を求めていますが、残念ながら札幌地裁は不当にも東京地裁への移送を決定してしまいました。札幌高裁の判断も予断を許しません。
しかし、仮に、東京地裁に移送された場合であっても、講演会や裁判報告集会などを企画して、みなさんに裁判の状況をご報告したいと考えています。また、植村さんの名誉回復や今日の事態を打開するためには市民の皆様のご支援も必要になります。今後ともぜひ応援をよろしくお願いします。
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