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 弁護士の佐藤博文です。

 7月2日、奈良市在住の18歳高校生(提訴時は高校生)が、奈良市が自分の住民基本台帳の個人情報を自衛隊に提供(提供時は高校2年の未成年)したのは憲法13条プライバシー権の侵害だと訴えた国家賠償請求訴訟の第1回弁論が、奈良地方裁判所で行われました。私も弁護団に加わり、名簿提供の目的である「自衛官募集」の意味と実態について陳述しました。
 以下に、その要旨をご紹介いたします。少し長くて恐縮ですが、関心ある方はお読み下さい。

1 自衛隊発足70年の歩み

 自衛隊は、70年前の1954年7月1日、防衛庁設置法と自衛隊法の施行により創設され、以後、同法に基づいて防衛という公共サービスに従事する特別職国家公務員を「自衛隊員」と呼んできました。
 この自衛隊は、戦後の、戦争の被害者にも加害者にもならない、平和を守るという国民意識(世論)とそれを支える自覚的な市民の運動によって、本来の任務である自衛隊法3条の「防衛出動」は一度もありませんでした。そのため、多くの国民にとっての自衛隊は、自衛隊法83条が定める付随的任務である災害派遣であり、ここから自衛隊及び自衛隊員のイメージが作られてきました。
 現在18歳の原告もそうでした。このことは、第二次世界大戦後も戦争・武力紛争が絶えなかった世界で、しかも、突出した軍事力で世界中で当事国又は支援国として戦争をしてきた米国と軍事同盟を結んでいた日本には、幸運な70年間だったと言えると思います。原告が、“殺し・殺される”戦争と兵士のリアルに直面せずに成長できたことは、憲法9条とそれを支えた国民意識の賜物であると言えます。

2 自衛隊員と自衛官の違い

 ところで、私たち国民も、マスコミも、災害派遣で活躍する自衛隊の仕事ぶりをみて、「自衛隊員」と呼び、「自衛官」と呼ぶことはありません。
 それには根拠があり、それは自衛隊員と自衛官との違いです。すなわち、自衛官とは、自衛隊員の中でも、階級を持ち、国際法上(国際交戦法規、国際戦争法、国際人道法などと呼ばれる)、正規軍兵士あるいは戦闘員とされる者のことであり、そうではない自衛隊員とは相対的に区別されているからです。
 また、「自衛官候補生」とは、自衛隊員として採用された後に任命され、自衛官となるために必要な基礎的教育訓練に専念し、自衛官候補生として所要の教育を経て3ヶ月後に2等陸・海・空士(任期制自衛官)に任官する者のことです。
 因みに、「自衛官」でない自衛隊員には、事務官、技官、防衛教官、防衛大学校生、防衛医科大学校生、陸上自衛隊高等工科学校生などがあり、「自衛官候補生」も任官するまでは自衛隊員の身分にすぎません。
 この区別は、本件における法律の解釈適用において大変重要な問題です。
 なぜならば、住民基本台帳法第11条1項が定めている個人4情報を提供できる例外は、「法令で定める事務のために必要である場合」に限られ、その「法令」は自衛隊法97条1項の「自衛官及びび自衛官候補生」の募集とされているからです。広く「自衛隊員」の募集を認めるものではないのです。
 従って、もし自衛隊が自衛官以外の自衛隊員の募集にも提供名簿を使っていれば違法ということになり、提供した自治体も違法な目的外使用に加担したことになります。

3 自衛官と他の職業との違い

 自衛隊法97条1項が、募集対象を「自衛官」に限定しているのはなぜでしょうか。それは、兵士を調達するという特別な任務だからです。
 では、特別な任務を有する兵士の本質は何でしょうか。それは「武力行使」と「賭命義務」です。
 公務職の中には、生命の危険に直面するものがあります。しかし、自衛官には「自らの命を賭けて相手をせん滅(殺傷)する」という、武力行使への服従義務があるのです。自衛隊法第3条で「防衛出動」を主たる任務とし、第52条で「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に努めよ」と定め、これにより国家は、自衛官に対して自己の生命を国家のために犠牲にして戦うことを命じることができるのです。
 これを警察と比較すると、警察官の職務は、犯人を確保し法の裁きを受けさせ、社会秩序を守ることにあり、正当防衛の範囲で武器(ピストルまで)の使用が認められるにすぎません。仮に凶悪犯でも殺傷してはならず、他方で、自分の命を犠牲にする義務まではありません。
 最近、自衛隊は、消防職員や警察官、入国警備官、海上保安官、刑務官などの公務員と同じ「公安職」であると宣伝して募集しています。しかし、これは、治安や防災などと武力行使の本質的な違いを覆い隠すものと言わざるをえません。

4 自衛官という職業の特質と募集

 自衛官になると、相手をせん滅(殺傷)し「賭命義務」を遂行する兵士養成の厳しい教育訓練が行われます。それは他の公務員と全く違います。
 上命下服の絶対的な規律=軍紀の下で集団生活を送り、その達成目標について、「服務ハンドブック(幹部隊員用・服務参考資料)」は次のように説明します。
 「自衛隊の規律の特性で一番重要な点は、規律の基礎が戦闘にあるということである。戦闘の規律から発して、すべて平時の規律が作られていることが、一般の社会の規律とは異なっている。」(13頁)として、「自覚に基づく積極的な服従の習性を育成する」ことが目的だ(6頁)とされています。
 こうした自衛官という職業の特質と実態について、社会経験がない未成年者は知識も理解力も乏しいのが実際です。ですから、自衛官募集についても、というか自衛官募集だからこそ、学校と保護者の関与の下に「民間事業所等と同様公平に取り扱う」ことが、旧労働省、旧文部省、旧防衛庁の時代から、通達等により繰り返し確認されてきたのです。

5 原告に届いた募集葉書は「自衛官」を隠している

 以上のような目で原告に届いた葉書を見ると、「奈良県における自衛官等の募集・採用」だとして、防衛大学校生、防衛医科大学校生、航空学生、一般曹候補生、自衛官候補生の順に列記し、「自衛官」を前面に出すことなく、しかも、「進学先・就職先の選択肢の1つとして検討して」欲しいと書いています。
 しかし、この葉書が自衛隊法97条1項に基づく募集であれば、「自衛官等」の「等」は、自衛官候補生だけであり、他の「防衛大生」等は対象外のはずです。
 しかも、「防衛大学校生、防衛医科大学校生」を真っ先に挙げて「進学先の選択肢」としていますが、これらは自衛隊の附属施設であって学校教育法が定める「学校」ではありません。従って、「進学」とは言わず、「入校」と言います。当の自衛隊がかかる基本的な用語使用を間違えるはずがなく、高校生に大学進学と同じイメージを持たせる意図だと言わざるをえません。

6 募集葉書の送付先に提供名簿は使われていない?

 葉書は、全国的にみても、18歳になる全員に送られてはおらず、例えば明確な進学校や特別支援学校の生徒、障害者などには送られていません。
 奈良市から提供を受けた4情報では、高校名も障害者か否かも判りません。学校は、今では、合格発表も番号で行われ、在校生の氏名を明かすことはありません。
 そうしますと、自衛隊には、奈良市の提供名簿とは別に入手した情報があり、その情報も利用して送付していると考えられます。教育業界の名簿販売業者や市町村にある自衛隊協力事務所、自衛隊OBなどから個人情報を入手していることは、公然の秘密と言われています。
 そうすると、原告に送った葉書は、違法に入手した他の情報とのマッチングや、仮に適法に入手した情報でもそれを違法に利用した疑いが強いものです。

7 個人情報の管理は市の責任

 奈良市は、国の指示に基づいて自衛隊に名簿を提供しただけであり、その先のことは知りませんでは済みません。市民の個人情報を管理する責任は自治体にあるのですから、市民に対する責任として、提供名簿が自衛隊で適法に管理され使用されているかきちんとチェックし、もし違法ないし不適切なことがあれば、あるいはその恐れがあれば、覚書を解除して提供を止めなければなりません。
 いずれにせよ、自衛隊法97条1項の「自衛官」の解釈、自衛隊の求人活動の実態を明らかにすることは、本訴訟の審理に必要不可欠であります。

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