北海道、札幌を中心とした北海道合同法律事務所が発行する「事務所通信:北の峰」の2009年 夏号をご紹介致します。

 北の峰のご案内

巻頭言  

残暑お見舞い申し上げます

 残暑厳しき折り、みなさん、いかがお過ごしでしょうか。
 「お身体の具合はどうでしょうか。体調を崩しても病院に行けてない方はおられませんか。」「お仕事や暮らし向きの具合はいかがでしょうか。」こんな問い掛けが日常になるほど、この国の今は、格差と貧困、そして、生活苦が蔓延しています。
 しかし、国民のこの困難は決して「自己責任」によるものではありません。「政治の責任」、とりわけ政権与党の責任によるものであることは明白です。
 この「北の峰」がみなさんのお手許に届くころ、総選挙の真っ最中だと思います。
 みなさんは、今度の選挙に何を託すのでしょうか。切実な要求を実現するために、どの政党に投票するか、お決めでしょうか。
 今度の選挙では「政権交代」が実現するかどうかが最大の焦点であると言われています。「政権交代」により、これまでの政権与党によって「破壊されすぎた国民生活」に一定の手直しが加えられるのであれば、それはそれとして歓迎すべきことです。
 しかし、大切なことは、「政権交代」すればよいということではなく、「政権交代」によって、どのような政策転換が成し遂げられるかということではないでしょうか。残念ながら、「政権交代」を標榜している政党も、ここまで国民生活を破壊した、これまでの政権与党の大企業本位、アメリカ追従の政治を転換しようとしているものではありません。
 悔いのない政党選択をし、私たちの一票で、この国の政治を真に国民本位のものに転換させようではありませんか。

2009年 夏 北海道合同法律事務所一同

SOSネット北海道の活動について 弁護士 渡辺達生

一・「日本にもこんなに生活に困窮している人がいるのか!」、「企業の派遣切りでこんなに生活の危機に直面している人がいるのか!」等、昨年末から年明けの東京の派遣村に強いショックを受けた方も多数おられると思います。北海道でも派遣村的な活動をしようということで、道労連、民医連、社保協、自由法曹団、道生連、新婦人等が協力して、今年の一月、「雇用・くらし・SOSネットワーク北海道」(略称「SOSネット北海道」)を立ち上げ、活動してきています。

SOSネット北海道01

二・主たる活動は、常設のフリーダイヤルによる電話相談(〇一二〇―三七八―〇六〇)と四回の街頭相談です。前述の構成団体を見てお判りいただけるように、労働問題、医療問題、社会保障問題、生活保護問題に取り組んでいる団体と法律家がタッグを組むことで、雇用とくらしを巡る様々な問題に的確な対応ができる体制が準備されています。また、SOSネット北海道として、住む処がないという人のための避難所となるアパートを確保しています。この半年間で電話相談をしてきた人は一〇〇〇名を越えています。四回の街頭相談会(二月二〇日、三月三一日、五月一九日、七月七日)に相談に来られた方も、三〇〇人を越えています。また、避難所を活用した方も五〇人近くいます。北海道で生活の危機に直面している人の数と比べれば、到底十分と言えるものではありませんが、地道な活動を着実に重ねてきています。

SOSネット北海道02

三・政府の発表では、景気は底を打ったという話もあるようですが、それが国民の実感と全くあっていないことは皆さんが一番お判りのことと思います。このような状況で、SOSネット北海道の活動は今後より重要なものとなっていくことは間違いありません。避難所を確保している関係もあり、財政的には非常に厳しい状況にあります。皆さんから物心両面の援助をいただけると幸いです。

カンパのお願い
生存権裁判の現状 弁護士 中島 哲

 当事務所の弁護士が中心となり、生活保護を受けている母子家庭に支給されていた母子加算の削減・廃止の取消を求めて「北海道生存権裁判」を提訴したのが二〇〇七年一二月二一日でした。提訴当時は、滝川の通院移送費詐取事件がマスコミで大きく騒がれていたときであり、生活保護受給者に対する風当たりは厳しいものがありました。しかし、あれから一年半経過した今、裁判をとりまく状況は大きく変わりつつあります。
 このような世論の流れを受けて、参議院では、野党四党から提案された母子加算復活法案が平成二一年六月二六日に可決されました。また、衆議院では、麻生総理大臣が母子加算削減の根拠となった資料の数値が「統計的に有意なものか確認できない。」と明確に答弁しており、母子加算削減の論拠は完全に崩れました。
 いま、生存権裁判は、裁判が世論を動かし、世論が政治を動かすという流れができつつあります。当初小さい声に過ぎなかった生存権裁判がこのような大きな力となったのはひとえに裁判を見守り、支援して下さる皆さまのおかげです。
 この流れをよりいっそう大きなうねりとするべく頑張って参りますので、よりいっそうの支援をお願いいたします。

派遣切りQ&A 弁護士 長野順一

今問題になっている「派遣切り」ですが、実際には、法律に反して、派遣切りが行われているケースが少なくありません。そこで、そんな違法な派遣切りに対応するために、派遣法の定めについて、質問形式で、説明したいと思います。

  • 派遣労働とは、どんな働き方ですか。
  • 派遣労働とは、雇用主(派遣会社・派遣元)と実際に働く会社(派遣先)が異なる働き方です。派遣労働者は、派遣先で、派遣先の指揮命令に従って労働しますが、派遣先との間には雇用契約はなく、派遣元(派遣会社)と雇用契約を結び、賃金は派遣会社から支払を受けます。また、社会保険、雇用保険も派遣元を通じて加入します。
  • 派遣労働は、いつ、どのような理由から行われるようになったのですか。
  • 派遣のように労働者を企業に供給して利益を得るという事業は、戦後は全面的に禁止されていました。業者が中間で高率のピンはねをする危険があったからです。
     しかし、専門性のある労働者を、必要に応じて使いたいという経済界の強い要求で、一九八六年、労働者派遣法により一部が「労働者派遣」として公認されることになり、以後、規制緩和の中で、必ずしも専門的な業務ではない業務にまで範囲が拡大されてきました。
  • 派遣の期間に制限はありますか。
  •  @専門的知識・技術・経験を必要とするということで政令に定めている二六種類(ソフトウェアの開発、事務用機器の操作、通訳など)の業務
     A産休や育児休業、介護休業をする社員が行っていた業務をその休業期間行う場合などは制限はありません。
     しかし、それら以外の一般的な業務には最長三年の期間制限があります。また、製造業は原則一年であり、法律上の手続を踏んで延長した場合でも三年を超えることはできません。
     これらの制限は、もし定められた期間を超えて、派遣労働者を使いたいなら不安定な「派遣」を使うのではなく、直接雇用しなさいという趣旨で設けられているものです。
  • 派遣会社との契約で決められた期間の途中で、派遣先から一方的に「明日から来なくてよい」と言われた場合どうなりますか。
  • 派遣元との雇用契約は残っており、派遣元は、雇用契約に基づいて、仕事を提供し、賃金を支払う義務があります。
     この場合、派遣元からも、「解雇」されるケースも少なくありませんが、派遣先が派遣の受け入れを打ち切ったというだけで、派遣元の解雇が許されるわけではありません。
  • 派遣受入の期間制限を超えても派遣され続けている場合にはどうなるのですか。
  • 派遣先は、その労働者に対して、直接雇用を申込む義務が生じます。ただし、この「義務」については次の点に注意が必要です。
     一つは、この義務が生ずる前提として、派遣元から派遣先に、事前に制限に抵触する日以降、労働者を派遣しない旨の通知がされることが必要であるということです。
     二つ目は、直接雇用を「申し込む義務」があるだけで、派遣先が直接雇用しない場合、直接の雇用関係が当然に生ずるわけではないということです。
  • 派遣先が制限期間を超えて派遣を受け入れているのに、直接雇用しない場合には、どのような手段をとることができますか。
  • そのような場合、(法律に違反していることは事実なので)労働局に申告して是正指導や是正勧告をしてもらうという方法がとれる場合があり、実際に、労働局から指導や勧告がなされるなどして、直接雇用を勝ち取ったケースもあります。
     尚、派遣先と派遣元が、請負を偽装して、この制限を免れようとした場合などには、その労働者と派遣先との間の直接雇用関係を認めた判決もあります。
  • 偽装請負とはどんなことですか。
  • 実態は、派遣労働であるにもかかわらず、派遣先が、法で定められた規制や義務(たとえばQ5の期間制限など)を免れるために、派遣元との間の請負契約であるように偽って、労働者の派遣を受けるような場合を指します。
     大阪高等裁判所は、昨年このようなケースについて、派遣されている労働者と派遣先との間に直接雇用関係があるという判決を出しています。
  • ソフトウエア開発(専門二六業務の一つ)との契約で、四年間派遣されていたのですが、実際には一般の事務の仕事もさせられていました。
     この場合でも、期間の制限はないのですか。
  • 契約書に定められた専門業務(二六業務)ではない業務が一割を超えている場合には、期間制限(最長三年)を受けるものとされています。したがって、三年を超えて派遣されている、質問のケースでは直接雇用申込み義務が生ずる可能性があります。契約の際には、どのような仕事をするのか確認しておくことが大切ですし、約束と違う業務を行っている場合には、その内容や時間を記録しておくことも大切です。以上
菅家利和さん17年半ぶりに釈放 弁護士 笹森 学

 一九九〇年五月一二日足利市で行方不明となった当時四歳の女の子が翌朝、渡良瀬川の河川敷で遺体で発見された「足利事件」。元幼稚園バス運転手の菅家利和さん(当時四五歳)は、女の子の半袖下着に付着した精液のDNA型と菅家さんのそれとがMCT118型という型で一致したという科学警察研究所のDNA鑑定を決定的な証拠として無期懲役の判決を受け、千葉刑務所に下獄しました。菅家さんは裁判の途中で自白を撤回、一度弁護士の勧めで否認を撤回しました。再び自白を撤回していましたが、裁判官も検察官も、そして弁護士もその訴えをよく聞こうとはしませんでした。

菅家利和さん01

 菅家さんは日弁連の支援のもと二〇〇二年一二月二五日に宇都宮地裁に再審請求しましたが、DNA再鑑定の願いも叶えられず、二〇〇八年二月一三日に請求を棄却されました。
 しかし即時抗告審の東京高裁は同年一二月二四日にDNA再鑑定を決定、二人の法医学者(本田克也筑波大学教授、鈴木廣一大阪医大教授)は二〇〇九年五月九日までにDNA型は一致しないという衝撃の鑑定書を提出しました。弁護団は検察官への釈放要求(刑訴法四四二条但書)や宇都宮地裁への刑の執行異議の申立(五〇二条)を行うなどし、菅家さんはついに同年六月四日に刑の執行を停止され、身柄拘束後一七年半ぶりに釈放されました。

菅家利和さん02

 ところが検察官は、一方で、鈴木鑑定を根拠に菅家さんの無実を認めて釈放し、他方で、科警研のDNA鑑定の誤りを指摘した本田克也筑波大教授の鑑定書を信用できないと争う暴挙に出ました(これは、菅家さんと同じ16―26型と判定されていた久間三千年さんの死刑を執行したことの問題点を隠すために科警研のDNA鑑定は間違っていないと主張するためです)。それゆえ誤判原因を明確にするための実質審理を求める菅家さんの要求を東京高裁は無視、弁護側の忌避申立も簡易却下し、同年六月二三日に再審開始決定(刑の執行も停止)を下しました(同月三〇日確定)。

足利事件年表

 菅家さんは自分を一七年半も獄に繋げた責任を明らかにするための徹底審理を望んでおり、菅家さんをさっさと無罪にして臭いものに蓋をしようと躍起になっている検察庁(おそらく裁判所もそうだと思われます)との争いの舞台は宇都宮地裁の再審公判に移ることになります。
 (なお菅家さんは二〇〇九年七月一七日、主任弁護人の佐藤博史弁護士と北大法科大学院と札幌弁護士会の招きで来札して講演し、一八、一九日と札幌周辺を観光しました。しばしの休養になったでしょうか?)

ヒューマンライツ・ナウの活動と「人権で世界を変える30の方法」のご案内 弁護士 芝池 俊輝

 二〇〇六年七月、ヒューマンライツ・ナウ(HRN)という団体が東京で産声をあげました。HRNは、国境を越えて、世界、特にアジア地域の人権問題を解決することを目的とする国際人権NGOです。私は、設立以来、HRNの事務局スタッフとしてその運営に関わってきましたが、この度、一冊の本を出版しましたので、HRNの活動の報告とあわせて紹介をさせていただきたいと思います。

ヒューマンライツ・ナウ

 私たちが暮らす日本では、現在、深刻な不況の影響によって、人らしく生きる権利そのものが危機に晒されるという状況が起きていますが、ひとたび世界を見渡すと、日本では想像もつかないような理不尽で理由のない人権侵害に苦しむ人々が多く存在するという事実から目を背けることができません。絶えることのない戦争や紛争によって、罪のない人々が命を奪われている惨状はイラクやパレスチナなどの例から明らかですし、政府に反対しただけで軍隊によって殺されたり、あるいは失踪させられるといったことも今なお各地で起きています。また、世界中で一八〇万人もの女性や子どもが人身売買の被害に遭っており、約二億一八〇〇万人の子どもが児童労働者として働いているともいわれています。そして、毎日三万人もの子どもたちが基本的な医療さえあれば防ぐことができる病気で命を落としているのです。

 HRNでは、このような世界中で起きている深刻な人権侵害について、声なき人々に耳を傾け、その実態を世界に告発し、人権状況を改善・促進するために様々な活動を行っています。具体的には、現地調査を実施した上で人権状況に関するレポートを発表し、国際人権法に基づいた勧告を行うほか、国連機関や現地のNGOと連携した法整備支援や、若い人権活動家・法律家に対するトレーニングなどにも取り組んでいます。これまで、フィリピンの人権活動家に対する殺害・失踪について調査団を派遣して詳細なレポートを公表したほか、カンボジアで一九七〇年代に起きた大量虐殺についての責任を問うクメール・ルージュ法廷が発足するにあたって、被害者参加に関する政策提言を行ったり、同じくカンボジアの人身売買の問題について、現地調査を踏まえて、同国の人身売買禁止法に関するコンメンタール(注釈書)を作成し、それをカンボジア政府に提供するといった事業を実施してきました。また、昨年は、中国から法律家を招いて、日本の公益訴訟に関する研修を行ったほか、来年には、ビルマ(ミャンマー)の未来の法律家を対象に、タイ・ビルマ国境にもうけられた学校(ピース・ロー・アカデミー)で人権に関する講義を行う準備を進めるなど、日本の人権活動や集団訴訟の経験を海外に伝える活動も積極的に行っています。

 さて、このような遠い国の「人権」の話をすると、きっと多くの人が自分とは無縁のものに感じられたことでしょう。たしかに、「人権」は、「平和」や「環境」と比べると、とっつきにくい言葉です。しかし、実はこの「人権」こそが、私たち一人一人にとって、かけがえのない大切なものなのです。私たちが「殺されたくない」、「差別や迫害を受けたくない」、「貧しさから解放されたい」と思っているのと同じように、世界中の人々もそう願っているのです。

ヒューマンライツ・ナウ

 HRNでは、国際的に確立した世界共通の人権の考え方こそが私たちの社会をよりよいものにするために重要であるということを多くの人にわかってもらいたいという思いから、「人権で世界を変える30の方法」という本を出版しました。この本では、世界で起きている人権侵害にはどのようなものがあるのか、人権侵害はなぜ起きるのか、そもそも人権とは何かといったことを分かりやすく説明するとともに、国連機関や国際人権条約に代表される人権侵害をなくすためのしくみや、身近なところから知る・伝える・行動する方法についても触れていますので、きっとこれまでとは違った思いで世界を眺め、そして行動する手がかりを得ることができることと思います。

 ぜひとも、手に取ってお読みいただくとともに、今後とも、ヒューマンライツ・ナウの活動にご理解・ご支援をいただきますようお願いいたします(団体の詳細はウェブサイトhttp://hrn.or.jp/をご覧下さい。)。

北の反戦地主・川瀬氾二さんの遺志を継ぐ 弁護士 佐藤 博文

川瀬氾二さん

 陸上自衛隊矢臼別演習場(別海町)のど真ん中で暮らしていた反戦地主の川瀬氾二さんが、四月二〇日、入院先の釧路市内の病院で亡くなりました。八二歳でした。
 川瀬さんは、一九二六年に岐阜県で生まれ、敗戦後二四歳のときに開拓実習生として、北海道別海村に入植しました。畑にもならないような火山灰地で開拓を進めますが、日本政府は、ここに自衛隊演習場の設置を決めます。冷戦下の日米政府は、北海道を旧ソ連侵攻の際の戦場(津軽海峡以南を防衛する防波堤)と位置づけ、矢臼別演習場は、ソ連軍を迎え撃つ陸上自衛隊の訓練場とされたのでした。
 ほとんどの農家が立ち退きましたが、川瀬さんと杉野さんの二人が土地買収を拒絶し、演習場の中にとどまり、営農を続けました。それは、本当に厳しいたたかいであり、後に杉野さんも離農せざるをえませんでした。

自衛隊

 一九六六年の日本平和大会に参加した川瀬さんは、土地と農業、そして平和を守るためにたたかう恵庭や長沼、百里、沖縄の農民たちと出会い、それ以来、日本国憲法の平和主義を武器に、自衛隊や政府、自治体のさまざまな攻撃をはねのけ、四五年間暮らし続けてきました。
 川瀬さんの土地では、毎年八月(第二週の土曜日)に平和盆踊り大会が開かれます。川瀬さんを励まそうと全国から集い、川瀬さんに励まされて全国に散っていきます。ここで生きる川瀬さんの姿は、全国の反戦・平和運動を励まし続けました。晩年の川瀬さんは、この土地に温泉を掘り、心と体を休めながら、平和を語り、交流する「平和公園」をつくることを夢にしていました。
 川瀬さんは、自民党代議士で防衛事務次官を務めた故箕輪登氏が起こした自衛隊イラク派兵差止北海道訴訟に原告として加わり、弁論で意見陳述を行いました(二〇〇六年九月一一日)。裁判官も傍聴者も私たちも、かたずをのんで聞き入りました。

憲法を武器に、戦う

 箕輪さんが現職の時、川瀬さんにとっては最大の敵の一人でした。しかし、「自衛隊を海外に絶対出さない」という一点で共に原告としてたたかい、名古屋高裁の違憲判決(二〇〇八年四月一七日)を勝ち取ったことは、憲法九条を守るたたかいに、大きな勇気と展望を与えるものでした。
 川瀬さん、本当にご苦労さまでした。安らかにお眠り下さい。布施

北の反戦地主 布施祐仁(ふせゆうじん)著
高文研2009年7月発行
1,600円+税

最高裁・大法廷で新たなたたかい
空知太神社住民訴訟・富平神社住民訴訟
弁護士 石田 明義

空知太神社

 四月一五日、最高裁書記官から電話で「砂川市との二つの訴訟は大法廷回付します」と知らされた。最高裁第三小法廷(五人)から特別扱いになり大法廷(一五人全員)に回付されたので憲法判断されることになる。
 自治体と町内会と神社の関係は皆さんの地域にも多くあるケース。最高裁の判断がどう出ても、何らかの影響があり責任重大である。

二つの住民訴訟を紹介します。

(1)空知太神社住民訴訟〜札幌地裁、高裁は憲法違反と判断(原告住民側勝訴)

 住民の寄付により砂川市所有となった土地に空知太会館と空知太神社の建物があり、入り口、表札も別々であるが、内部は同じ。会館には祠があり天照大神の御神体を祀っており、敷地(境内)には鳥居、地神宮など神社を特徴づける宗教的設備が配置されており市内地図でも神社と表示されている。原告らは、砂川市が住民会館を神社として認識しながら会館増築費、市費による境内地の一部取得、市有地の長期間の無償使用など特別の財政援助などをしており、年二回の神道式の祭事にも市長が参加した時期もあり支援してきた、と主張している。原告らは、市と神社の癒着関係をやめてほしい、憲法の政教分離に違反するとの理由で住民監査・訴訟を提起。札幌地裁・高裁は町民会館の実態は神社であり、建物内外で町内会が宗教的な活動をし、これを支援しているのは特定宗教への支援であるとして、憲法八九条、同二〇条三項に違反すると判断した。砂川市は上告した。

(2)富平神社住民訴訟〜地裁・高裁連続敗訴(原告住民側が上告)

 昭和一〇年、砂川市は富平神社の境内地を運営している富平町内会から教員住宅をたてるために無償譲渡をうけた。戦後、この住宅はなくなったが、土地は返還しないと市と合意した。市有地が神社の境内地のままの無償使用の状態で続いて現在にいたった。砂川市は所有を解消するため町内会に無償譲渡しようとした。その方法として神社を所有管理する町内会を地方自治法が定める「地縁団体」として市が認可して法人格を取得させ、市有地の無償譲渡の受け皿をつくった。
 しかし、地縁団体と認可された町内会は、神社施設、境内地を管理する宗教団体ではないのか。神社を運営管理する町内会が公的な地縁団体と認められるのか。そんな団体に無償譲渡することは政教分離原則からみて正当なのか。これも憲法の政教分離の原則に反するとして住民訴訟を提起した。残念ながらこれは地裁・高裁は市が政教分離に反する状態を解消したと判断して住民が敗訴した。そして上告。

(3)政教分離原則の新たな判断か

 二つの訴訟は、いずれも地方自治体あるいは町内会が経営管理する神社が存在している市有地をめぐっての訴訟。自治体が町内会の宗教活動に対して過度の関わり方をし、特別援助をしているのではないかとの、住民の問題提起はもっともである。

空知太神社住民訴訟・富平神社住民訴訟

 これまでの政教分離の判断基準があるが、これを改める方向での判断が出る可能性があると言える。自治体、町内会の宗教への関与の問題について政教分離を前進した新判断がされることを大いに期待している。
 空知太神社の地裁・高裁の違憲判断を維持し、富平神社の合憲判断を破棄して違憲と判断してもらいたい。これまで同様力を尽くしますので裁判をご支援していただき、ご署名にもご協力下さい。

ニューヨーク国連女性の地位委員会(CSW)に参加して 弁護士 
三浦 桂子 

 三月、ニューヨークに一三日間滞在しました。国連本部で開催される第五三回女性の地位委員会(CSW)に参加するためです。CSWは、一九四六年に設置された国連の委員会で、政治・市民・社会・教育などあらゆる分野における女性の地位向上について勧告・提案などを行っています。毎年この時期に行われる会合では、各国代表団による公式会議と並行して、世界各地のNGOが数千人参加し(そのほとんどは女性)自ら取り組んでいるテーマについて小さな会議室でイベントを開いて議論します。私も関心を持ったテーマ(家庭で女性が担っている介護の現状、世界各国の女性弁護士の状況など)に参加しました。議論されているのは私が日々の仕事や生活で直面していることばかりで国連が身近になりました。
 印象に残る交流もありました。働く女性の地位向上のために弁護士が果たすべき役割の大きさを説いてくれたニューヨーク在住の元助産師ドロシーさん、台湾の郭さん(八〇代)は国連内の食堂や郵便局などを案内してくれただけでなく、滞在費用を節約できるように外のスーパーマーケットにも連れていってくれました。

三浦 桂子

 毎朝八時にホテルを出て、しばれつくように寒いグランドセントラル駅付近を二五分歩いて国連へ。一本違う通りを曲がると、そこはレンガづくりの一九世紀の街。歴史的建造物が大切に保存され生活や市民の憩いの場になっています。メトロポリタン美術館では、先生に引率された小学生が床に座り込んで思い思いにルノワールやドガの模写をしており、かたわらを様々な肌の色の老若男女がゆったりと絵を楽しんでいました。
 平和の大切さを教えてくれた街でした。

弁護士 笹森学の書評コーナー
 

地取り(朝日新聞出版)

地取り ◆今は亡き元刑事の佐竹一彦が書いた「ショカツ」という小説がある。踊る大捜査線青島刑事が叫ぶ「所轄の意地」を淡々と描いた秀作である。「地取り」は別の意味で「刑事の意地」を淡々と活写した秀作だと思う。「地取り」とは犯行現場の周辺からブロックに分けローラー作戦でひたすら聞き込みを繰り返す捜査手法である。作者は元警視庁刑事であり、本書も捜査本部が設置された殺人事件が題材となっているが、まさに黙々とした地道な捜査がどのように行われるかを刑事の人間模様を交えながら描いている。閑静な住宅街で発生した一見親娘心中に見える現場が刑事の目によって殺人事件と認定される経緯、目撃者もなく、手掛かりの乏しい状況から砂漠の砂粒を拾い上げ、選別していくような作業の繰り返し。我々は派手な犯人逮捕劇を結果の報道で知るが、それに至るまでの気の遠くなるような地道な捜査を知ることは少ない。「地取り」はまさにそのような陽の当たらない縁の下の「刑事の意地」が事件解決、秩序の維持、正義の実現の基礎であることを教えてくれる。毎日積み重ねられた膨大な聞き込み情報がある日キラリと光る過程は本当にドラマチックである。我々は弁護士として違法捜査や警察権力の専横を訴えることが多いが、名もない「刑事の意地」を忘れてはいけないのである。


弁護士紹介取扱分野Q&A