北海道、札幌を中心とした北海道合同法律事務所が発行する「事務所通信:北の峰」の2004年 新春号をご紹介致します。

 北の峰のご案内


 米軍へのテロや武力攻撃が続いているイラクで、2名の日本人外交官が殺害された。日本政府は、それに慌てふためきながらも、イラクへ自衛隊を派遣しようと躍起になっている。つくづく愚かだな、と思う。イラク戦争を仕掛けたアメリカでさえ、この戦争に大義や正当性がなかったこと、および今や戦争終結不能のドロ沼に入りこんでしまったことを認識し、アメリカが抱え込んでしまった負担を誰かに肩代わりさせようとしているのである。それにもかかわらず日本政府は唯々諾々と、アメリカの言いなりになっている。イラクの民衆に求められて自衛隊が派遣されるのならまだしも、復興援助を求めたのはイラクを徹底的に破壊したアメリカである。つまり、日本が多額の資金を供出したり、復興援助する相手はアメリカであってイラクではないのである。このように、自衛隊のイラク派兵は、平和のためでもなければ、日本を愛する故でもないことに気づくべきだ。おそらく、自衛隊が派遣されれば死者がでるであろう。戦争をはじめた当事国ですら正当な理由を喪失した今、これは全く無意味な死といわなければならない。自衛隊員に平然と無意味な死を命ずる日本政府に、何故、国民は怒らないのか。ここまでくると、「不思議」、「おかしい」を通り越して、「はずかしい」……

2004年 新春  北海道合同法律事務所一同


▲ 爆撃により破壊された電話局(バクダッド)

 2003年5月1日、ブッシュ大統領はイラク戦争について戦闘終結を宣言し、「今後はイラクの治安回復と復興にあたる」と発表しました。これによって、イラクに平和が訪れるかのように思われました。しかし、その後、米軍兵士の犠牲が日々報じられ、国連本部や赤十字などの国際機関や人道支援機関に対する大規模な爆弾テロが相次いで発生し、ついには、昨年11月29日、ティクリートで日本大使館の車が襲撃を受けて外務省職員2人とイラク人ドライバーが殺害されるという悲劇が起きてしまいました。もはや、イラク問題は完全に泥沼化しており、現地は、占領勢力に対するゲリラ戦の様相を呈しているといわざるをえない状況です。しかし、忘れてはいけないことがあります。それは、イラク国内には今もなお約2,400万人(うち、約半分が子ども)の人びとが生活をしているという事実です。私たちと同じ人間が、日々生命を脅かされながら必死に生きているのです。彼らは、この戦争下でどのような生活を強いられているのだろうか、そして何を思い、何を望んでいるのだろうか……そのようなことを考えたとき、いてもたってもいられなくなり、現地の住民の生活を直接この目で確かめるために、戦争が始まってから4カ月がたった昨年7月中旬にイラクを実際に訪問しました。
 イラクでは、バグダッド、サマラ、ティクリート、モスル、アルビル(クルド人自治区)、キルクークといった主にバグダッド以北に位置する各地域を視察することができましたが、そこで目にしたものは、一見、平穏な日常の様相を呈しつつも、その内実は都市機能が完全に麻痺した状況の下で米軍の占領政策によって再び自由を奪われたイラクの本当の姿でした。


◆ バグダッドにて

▲ 白血病に苦しむ子どもたち

 私たちは、チャーターした車でヨルダンのアンマンを出発し、1,000キロの道のりをひた走り、約12時間かけてイラクの首都バグダッドに到着しました。
 バグダッド市内は、近代的な建物が建ち並び、戦争直後とは信じ難い一見平穏な様相を呈していましたが、軍事施設や政府関係施設の周囲などには幾台もの戦車が配置され、米軍兵士らが通行人や走行中の車に銃口を向けているなど、非常に緊迫した空気が漂っていました。少し意識して街並みに目を向けると、外観はビルの形をとどめながらも中は完全に破壊された建物が次々と目に飛び込んできました。建物の外枠を残しつつミサイルが中で炸裂して、実質的な機能を麻痺させるというピンポイント爆弾の威力を目の当たりにせざるを得ない光景でした。市内は、平日にも関わらず、シャッターを下ろして休業状態の商店が数多く見られました。
 聞いた話によると、現在、バグダットにおける失業率は50%を越えており、400万人を超える失業者が存在するということです。ただ、以外なことに、スーク(市場)は、物で溢れていました。ヨルダンやトルコなどの周辺国から次々と物資が運び込まれて来ているのです。日用雑貨や食料品、電気製品などが所狭しと並べられており、他のアラブ諸国と比べても、特に物不足といった様子ではありません。唯一違うとすれば、実際に物を買う人の姿があまり見られなかったことでしょう。買うだけの収入がないのです。

▲ 世界遺産であるハトラ遺跡を警備する米兵

 職場を奪われたイラク人が生活を立て直し、人間らしい生活ができるよう、一日も早い経済基盤の回復と雇用対策が急務であると実感しました。
 イラクの人口の約半数は子どもだと言われています。かつて、バグダッドはアラブ諸国の中ではストリートチルドレンが少ない都市として注目されていたそうですが、私たちが訪れたときには、どこのホテルやレストランの周りにも物乞いをする子どもたちでいっぱいでした。イラク戦争後、このような子どもたちが急増しており、今後は、彼らに対する精神的なケアとともに自立に向けた支援活動を早急に行わなければならないと思います。


◆ 戦争の傷跡

▲ モスルのスーク(市場)にて

 バグダッド市内にあるサダム小児病院の白血病専門病棟を訪れました。その病院には約1,800人の子どもが入院しており、中でも白血病の患者数が最も多いということでした。医師の話によると、前回の湾岸戦争後、これまではほとんど見られなかった白血病や癌の患者が急増しており、その原因は、湾岸戦争でアメリカ軍が使った劣化ウラン弾以外には考えられないとのことでした。劣化ウランというのは、原子力発電や核兵器を製造するために天然ウランを濃縮する過程で生じる副産物であり、その極めて重くて堅いという性質に着目して開発されたのが劣化ウラン弾です。 劣化ウラン弾が戦車の装甲などを貫通した場合、摩擦熱によって煙霧状化した劣化ウランが微粒子となって広範囲に拡散し、その微粒子が体内に入った場合、金属毒とあいまって癌や白血病、肝臓障害などを引き起こすと言われています。
 今回のイラク戦争でも大量の劣化ウラン弾が使われており、今後も白血病の患者が増えることは間違いありません。医師は、「白血病治療の施設・環境が整っておらず適切な処置が施せていない。医師、看護婦が絶対的に不足しており、患者の増加には全く対応できない。毎日、二、三人の子どもが死んでいっており、絶望的な状況である。」と私たちに強く訴えていました。病院のベッドに寝転がって、死を待つだけの子ども達の姿を見ると、かける言葉など思い浮かばず、私たちはただその場に立ちつくしかありませんでした。劣化ウラン弾は、その及ぼす被害の範囲、影響を考えるとまぎれもなく大量破壊兵器です。思い起こせば、米英は、イラクが大量破壊兵器を保有している可能性を理由として今回の戦争に踏み切ったのです。そして、今、その根拠が問われています。一体、この戦争は何だったのでしょうか。


◆ 自衛隊派遣をめぐって
 日本政府は、イラク特措法に基づいて、間もなく自衛隊をイラクに派遣しようとしています。イラク特措法によると、自衛隊の活動内容は、イラク国民を対象に医療や支援物資の輸送、施設の復旧などを行う人道復興支援活動やイラクに展開する多国籍軍を後方支援する安全確保支援活動などが主であり、その活動地域は、戦闘が行われず、活動期間中も戦闘が行われないと認められる「非戦闘地域」に限られるとのことです。しかし、イラク全土で今なおゲリラ戦が繰り広げられており、日本政府自身、「戦闘が完全に終結したとは認められない。」と発表する中で、一体、どこに安全な地域があるというのでしょうか。実際に現地を見ると、「戦闘地域、非戦闘地域」、「安全地域、危険地域」といった峻別論自体がいかにナンセンスなものであるかがよく分かります。要するに、占領軍のいるところが戦闘地域・危険地域であり、いないところが非戦闘地域・安全地域というだけのことです。たとえ、今、非戦闘地域・安全地域であっても、そこに武装した大量の自衛隊が派遣されると、そこが新たに狙われる危険性が極めて高くなるでしょう。そうなった場合、そこはもはや非戦闘地域でも安全地域でもなくなるだけの話です。
 現地で、何人ものイラク人と話をしましたが、彼らは口をそろえて、「日本の軍隊は来ないで欲しい。米兵と区別がつかない以上、(自衛隊も)攻撃の対象となるだろう。」と親切に(?)忠告してくれました。これ以上、イラクに危険地域を増やすことにどうして協力しなければならないのでしょうか。ちなみに、「どうしてわざわざ日本の軍隊がイラクまで来て、物資の運搬や施設の復旧などをやる必要があるのか。自分たちの国のことは自分たちでやる。仕事を奪いに来ないで欲しい。」などと話してくれたイラク人がいましたが、これを聞いて、日本がしようとしている人道援助とは一体何なのか疑問を抱かざるを得ませんでした。そもそも援助とは、相手が望んでいることが大前提のはずです。日本政府がやろうとしていることは、押し付け以外の何ものでもありません。今、イラクで必要なのは、治安維持、保健・医療支援、戦争孤児や障害者などの社会的弱者に対する支援、占領軍による人権侵害を防止するための監視活動・司法制度の回復などです。
 このような問題の解決のために日本としては、異国での平和構築・人道支援活動について全くの素人である自衛隊を派遣するのではなく、現地のニーズに基づいた活動を展開している国連機関やNGOに対して資金を援助したり、専門家を派遣するなどといった形の支援のあり方を模索するべきだと思います(なお、小泉首相は、「日本はやるべきことをやらなければならない。テロには屈しない」などと叫んでいましたが、首相は、テロリストと戦うために自衛隊を派遣するつもりなのでしょうか。そのような不適切な発言によって、日本が実際にテロのターゲットとされることが大変懸念されます)。


◆ 平和構築に向けて
 このような状況において、米英軍による治安の維持は完全に行き詰まっていることは明らかで、残された道は、イラク国民の理解の上に国連が指導権を握り、ゼロから復興をやり直す以外にはありません。では、私たち日本の市民は、イラクの復興・平和構築に向けてどのようなことができるのでしょうか。まず何よりも大切なことは関心を持つことだと思います。復興の役割を各国政府や国際機関に任せていてはいけません。市民レベルでの直接的なアプローチを考える必要があります。現地では、世界各国のNGOが、社会基盤の回復や弱者に対する支援活動を行うとともに、現地の人びとの生の声を関係機関につなぐ役割を果たしています。
 私たちは、マスコミなどからの一方的な情報だけでなく、そのような現地からの報告に耳を傾け、何が正しい事実なのかを把握しなければなりません。そして、今のイラクにとって何が必要で何か不要なのかを自分なりに考え、それをより多くの人の間で共有することが重要だと思います。その上で、私たち一人一人が、それぞれイラクの子どもたちの領域で信念をもって行動を起こすことが大切だと思います。

▲ イラクの子どもたち

 破壊された制度や機能は時間とお金を費やすことで再建することは可能でしょう。しかし、戦争によって失った命や心の傷を元に戻すことは不可能です。かけがいのない多くのものを失う悲惨な戦争を二度と繰り返さないよう、そして紛争のない平和な世界が訪れるよう、私たちは日々努力し続けなければなりません。(この原稿は、2003年12月6日に執筆したものです。)


 平成15年10月10日、最高裁は「青春を返せ!札幌訴訟」について、統一協会(世界基督教統一神霊協会)の上告を棄却した。これによって、昭和63年3月の第一次提訴以来、実に16年7カ月ぶりに元統一協会信者たち17人の勝訴が確定した。
 「統一協会の違法な勧誘によって入信し、信教の自由を侵害され、苛酷な生活を強いられた」として統一協会に対して損害賠償を求めた訴訟を「青春を返せ!訴訟」と呼ぶ。
 これまで、岡山・神戸・東京・新潟・札幌など全国の裁判所で審理されてきたが、これは、日本の裁判史上、過去に例のない、新しい類型の損害賠償訴訟であり、霊感商法以来の統一協会による人間破壊行為に怒りをもった全国の弁護士がネットワークをつくり、英知を集めて統一協会を追い詰めた16年であった。


 平成13年6月29日の札幌地裁判決は、統一協会が行っていた一連の信者勧誘活動は、「原告らの財産の収奪と無償の労役の享受および原告らと同種の被害者となるべき協会員の再生産という『不当な目的』に基づくものである」と断罪して、その違法性を認めた画期的なものであった。これにし統一協会は、「原告らは自由意思(同意)によって入信したものであるから、違法性はない」旨を主張して控訴したが、平成15年3月14日の札幌高裁判決は、「被勧誘者は、統一協会により『作出された』『正常な判断ができない状態』によって同意させられたのであり、したがって、その同意は統一協会の違法性を阻却しない」と、勧誘活動の実態に則し、一審判決を更に押し進めた優れた判断をして、控訴を棄却した。


 全国の「青春を返せ!裁判」で弁護団が最も苦悩・苦心してきたのが「統一協会の勧誘活動の違法性」であったところ、今回の上告棄却により、札幌地裁→札幌高裁と進化した「違法論」が最高裁によっても支持されたのである。特に高裁判決の意義につき、16年の札幌訴訟をほとんど一人でやり遂げた郷路征記弁護士は次のように言う。
 「正常な判断ができない状況を作出し」という認定は、伝道の違法を問う訴訟における判例は勿論、献金に関する判例にも今まで表れていない、初めての認定であると思われる。「正常な判断ができない状況」というのは、我々が統一協会の「マインドコントロール」として主張・立証してきた具体的で事実を全て包摂した概念であり、その結果「自由な意思決定を妨げられた」として違法性を認めたことの意味は大きい。すなわち、「自由な意思決定を妨げられた」という概念は、伝統的な「錯誤・詐欺・恐喝」という概念では捉えきれなくなってきている複雑な現代の取引社会等への法的対応として、加害行為の違法性判断や契約の有効性判断の新しい基準として成長する可能性があるのではないか。

▲ 執筆者・郷路征記

 札幌地裁判決は、その後に続いた、東京・新潟・神戸の各訴訟での勝訴判決を生み出す原動力となった。特に、神戸訴訟の顛末は劇的である。
 神戸訴訟は、札幌地裁判決の直前に、神戸地裁で全面敗訴の判決を受けていたのであるが、大阪高裁は、一旦、控訴審での弁論を終結して、判決日まで指定しておきながら、札幌地裁判決以降に相次いだ東京・新潟における勝訴の流れに「興味」を示し、札幌高裁の判決を待って、平成15年5月21日に逆転勝訴判決を言い渡したのである。これは、全国の弁護団のネットワークの力で獲得した勝利であり、札幌判決が上告棄却で確定した今、「青春を返せ!訴訟」は、全国どこでやっても、必ず勝利できるようになったのである。


▲ 最終準備表面

 去る、11月29日、札幌で「青春を返せ!札幌訴訟」勝利を祝う集いがおこなわれた。原告とこれまで訴訟を支えてくれた研究者等のみなさんが集まり、16年の思い出を語ったが、原告にとってこの訴訟が、統一協会の呪縛から完全に解放されて、新しく生きる力になった、との話は、弁護士冥利に尽きる。
 郷路弁護士いわく、「これは、あくまでも通過点。今後、統一協会に対し、どんどん訴訟を提起し、その実績の上にたって、宗教法人解散に追い込みたい。」 一緒に活動していて、郷路弁護士と同時代に生き、「歴史が生まれる」現場に立ち会える感動と幸せを感じる。


「殺さないで児童虐待という犯罪」 毎日新聞児童虐待取材班(中央法規)

  先日も18歳の恋人と別れたくないために4歳の息子の虐待に手を貸した28歳の母親が傷害致死の共犯で逮捕されたことが報道されていた。私も先日、妻の連れ子(13歳)に折檻を繰り返し、あろうことか強姦していた被告人の国選弁護を担当した。正真正銘の児童虐待である。被害児童の心の傷はどうしたら癒されるのか、途方に暮れた。
 本書は、しつけの手が滑ったという弁解を粉砕し、家庭というコップの中の地獄=児童虐待を白日のもとに晒した1998年10月から2年にわたる迫真のルポルタージュをまとめたもので、2000年5月の「児童虐待防止法」の成立のきっかけになった毎日新聞東京本社社会部のキャンペーンである。児童虐待とは暴行にとどまらず、ネグレスト(育児放棄)を含むものであり、余りに悲惨であることや、被虐待児が大人になって児童虐待に陥ることが多いという「虐待の連鎖」が分かりやすく説明されており、否応なく認識させられる。2001年度日本ジャーナリスト会議「JCJ賞」授賞。


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